表現力
「♪こーへー♪さんが思う、表現力あるなぁって感じる歌手って誰ですか?」
ゴッドとはよく音楽談義する。まぁワシの痛い気をウマいこと逸らす手でもあるワケだが、なかなかの美声・感性の持ち主とお見受けするゴッドとの音楽談義は、『解る』御仁でもあるだけに楽しく熱が入るものである。
ポップスでは、と前置きの上で冒頭の問いに即答したのは『中森明菜』と『さだまさし』御両人。まぁ言わずもがなであろうが、お二方とも円熟味を増してお若い頃より更に深みを増しておられる。小生もいつか「北の国から」と「防人の歌」は歌ってみたいと虎視眈々と狙っておる( ´艸`)。
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さてその表現力、どう付けるか。
喜怒哀楽が大きい人は、既に表現力が豊かと云われる。ある程度、ぃゃもしかしたら殆どは既に持って生まれた感性感覚によるところがかなり大きいかも知れない。勿論クラシックの世界では、歌の場合は歌詞を読み込み読み解くのは基本の基本の鉄則であるし、楽器作品にしてもアナリーゼしたり作者の背景を勉強したりという地道なアプローチは重要且つ必須である。とは云え、したからと言うてみんながみんな表現力が付くかというとそれとこれとはまた別の話で、寧ろその情報に囚われ過ぎてガッチガチで棒読みになる人もある。本末転倒な話だが、知識と技術は哀しい哉別腹である。
小生思うに、何より大切なのは「愛」「敬意」「誠意」ではなかろうか。
海の青が見える水墨画を描かれた東山魁夷師、人を一切描かずして人の存在を描いた犬塚勉先生、音と歌詞だけで聴く者の脳裏に映像を映し出すサー・イアン・ボストリッジ。
絵描きなら筆や紙など道具に敬意を払い、「描く」という行為に誠意を持って臨み、対象物を愛でながら描く。演奏家なら演奏する事に無類の愛を感じ、作品に対して敬意を払い、音そのものに誠意を持って再現していく。
文字にすると陳腐になるが、つまるところ理屈ではなく、その人の中身がそのまま映し出されるものこそがその人の持つ表現力となって、見る者聴く者にダイレクトに伝わるのではないか。そんな表現に出逢った時は、それこそさぶいぼwと怒濤の涙である。実際、犬塚氏の「梅雨の晴れ間」は、テレビ画面ながら見た瞬間号泣した衝撃の1枚であったし、イアンの「魔王」はそれこそ「Gewalt!!」で背後に気配を感じ、思わず振り向いたくらいである。因みに彼、音大出ずして認められた唯一の歌手かも(声楽そのものは独学とな?!Σ( ̄▽ ̄;))。実際は哲学博士であられる。その道ではかなり高名なお方であられる。
「好きこそものの上手なれ」とはよく言うたものである。「下手の横好き」にならぬよう、小生もっともっと自分を磨かねば、である。
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